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ワールドカフェ
西欧文明はもう限界を迎えており、次は長江文明に端を発するアジア太平洋文明ということですが、文明の転換は余程の危機に遭遇しないと実現できない、と。 ワールドカフェでは、文明の転換について活発な意見交換を展開しました。
[ 各グループのまとめ ]
●1第グループ 報告者 鈴木 祥太 (京都大学経済学部)
このテーブルでは、前半はお酒について、東洋と西洋の話をしまして、日本酒とワインの違いとか、ウイスキーはどうなのかとかいろいろ話をしまして、「西洋文明の限界」という本題に入りました。
西洋文明の中には「奴隷」という存在があるんですけど、東洋ではヒューマニティー的にありえないんじゃないかなっていう話になりました。 それで、そのヒューマニティーを作っているのは宗教じゃないかという話になり、その後、宗教と科学を切り離すということで、西洋文明の基になっている、数学で理解するという科学はできたのではないか。 科学は曖昧さを否定しているところがあるんですが、曖昧さ、理系とも文系とも言い難い量子力学っていう分野とまあ、ニュートン力学、経済で言うと新古典派といった数学できっちり示すことができるものとの対比を見て、両者に補足性が見つけ合えるのではないか。
そして、曖昧さという点では、日本の育んだ文化が、なにかしらいい働きをするんじゃないかなという話になりました。
●第2グループ 報告者 伊藤 早苗 (京都大学文学部)
このテーブルでは、西洋文明の限界ということを企業の方もおられましたので、企業活動とも関連させて話しました。 高田先生から、まず、社会学=SOCIOLOGYの訳について、これは「世間話」と訳すべきであるというお話があり、続いて日本酒、日本食、着物など日本文化をどう発信するかを話しました。 それで、その時、大事なのは「白黒」をつけないことではないか、ということになり、西欧的な二択を強いられるのはしんどく、第三の道があるという日本的な「三すくみ」こそ、企業で働くうえでもとても心が楽になったりとか、新しい道が開けるのではないか。 このテーブルでは、西洋文明の限界ということを企業の方もおられましたので、企業活動とも関連させて話しました。 高田先生から、まず、社会学=SOCIOLOGYの訳について、これは「世間話」と訳すべきであるというお話があり、続いて日本酒、日本食、着物など日本文化をどう発信するかを話しました。 それで、その時、大事なのは「白黒」をつけないことではないか、ということになり、西欧的な二択を強いられるのはしんどく、第三の道があるという日本的な「三すくみ」こそ、企業で働くうえでもとても心が楽になったりとか、新しい道が開けるのではないか。
それから、デジタルとアナログという話もしました。 これは、西洋がデジタル、日本の職人芸がアナログという見方もあったんですが、例えば、日本酒の醸造を例に、職人芸に頼るだけでなく、数値化した部分も大切で、アナログ、デジタル、これを分けるのではなく、両者をうまく採り入れていくという方向性がいいのではないかという結論になりました。
●第3グループ 報告者 池田 達哉 (サンスター財団)
われわれのチームは、西洋文明から東洋文明への転換は、企業にとって価値が高まるのか、ということでスタートしたんです。
大変いろいろと意見が出たんですけど、私の個人的な感想としては、これまで日本には、東洋から西洋からいろんなものが入って来たんじゃないか。 その中で言いますと、中国から朝鮮半島を経由して入ってきた仏教であるとか、稲作であるとか、そういったものがあるんですけど、なぜ、中国料理が入ってこなかったのか、おお、これは、驚きの発見やなあと、こんなことで盛り上がってしまいました。 しょうもないかな。 ちょっと、ここで、発表者交代します。
上田 源 (同志社大学文学部)
西洋文明は、いわゆる表と裏の二項対立論なんだけれども、祇園のお茶屋遊びであるような、ジャンケンのような三すくみの関係が成り立っている。 近江商人の「三方よし」を作ったような、つまり、モノが循環するという形態がある。 これ、日本の特殊な経済システムなんじゃないかと、そんなようなことも話しました。
荻野
岡では、最後に、安田さんにマイクをお渡しして、まだ、話しそびれたこととか、感想とか、何かお話し願えればと思います。
安田 喜憲 (立命館大学環太平洋文明研究センター長/ふじのくに地球環境史ミュージアム館長)
この楽友会館というのは、昔、梅棹忠雄先生を中心とした「近衛ロンド」というのが開かれていたんですよ。 ぼくは、新しい時代を切り拓くのは、天才がいないとダメだと思うんですよ。 梅棹先生というのは、天才だったと思っていて、1952年に、「文明の生態史観」というのをお書きになるんです。 みんなが欧米文明礼賛の中で、そうじゃないだろう。 それはおかしいだろう、と指摘された。 それが、現実に、戦後70年経って、やっと認められてきたわけですけれども、まあ、やっぱり新しい時代を提言できる人間っていうのは、そうざらには出てこないことです。
だから、その天才を生んだところがこの楽友会館でしたが、その楽友会館にクオリアを中心に、皆さんが集まって、新しい時代を作ろうとされているわけです。 まさに、この会が、21世紀の新しい西洋から東洋への文明の時代を切り拓くきっかけになるかもしれませんね。 期待をいたしております。 ぼくは、このディスカッションだけでも、いい勉強をさせていただきました。 ありがとうございました。
長谷川 和子 (京都クオリア研究所)
安田さんどうもありがとうございました。 きょうは、目に見えるようなお話をいっぱいしていただいたので、心にストーンと落ちたという声がたくさんありました。 楽しい話題をありがとうございました。
今、近衛ロンドのお話が出ておりましたが、実は、この楽友会館に会場を移した発案者は、京都大学総長の山極さんでした。 近衛ロンドというとても刺激的でおもろい環境で学び、育ったので、もう一回、この楽友会館でコトを起こしてみたいということでした。 安田さんのお話で、そのことを思い返し、また、新しい時代に向けて、心を新たにした次第です。 どうもありがとうございました。
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