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ディスカッサント
滋賀医科大学学長
塩田 浩平 氏
佛教大学社会学部教授
高田 公理 氏
京都大学大学院思修館教授
山口 栄一 氏
京都大学物質―細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)設立拠点長
再生医科学研究所教授
中辻 憲夫 氏
山口 栄一(京都大学大学院思修館教授)
とても面白いお話を、ありがとうございました。 ほんとうに目から鱗が落ちました。 実は、私も、ES細胞っていうのは、お母さんのおなかから取り出して作ると思い込んでいましたから、きょうのお話を聞いて、もっと活用して、未来の医療に実用化しなくてはと思いました。 いろんな疑問が湧いてきましたので、大事なことをおうかがいしたいんです。 まずですね、確かにiPS細胞っていうのは、再生医療に使うのは時期尚早だということはよくわかりました。 それから、ES細胞とiPS細胞は相補的なんだと。 ところが、それにもかかわらず、なぜか、ES細胞はiPSの踏み台にされているように思われる。 それで、なかなか、ES細胞が、再生医療の実用化に向かわない。 何か、すごく足踏みしているように思って、それは何かと私なりに考えまして、あることに気が付きました。 きょうのスライドの中でも、要素技術開発がたくさん出てまいりましたように、やはり、それをするチームが必要なんだなあと推測したしだいです。
そこで不思議だなと思うのは、2003年から04年を契機に、いくつかの分野で日本からの論文数が減り始めているんですね。 どの分野で減っているかというと、まず物理学がものすごい勢いで減り始めています。 それから、物質科学、そして3番目が分子生物学。 この3分野で、日本からの論文数が急激に減ってきているんです。 これ、若者に聞くとですね、結局、この3分野にいても、飯が食えない。 どんどんどんどん、アカデミックポストは減っていて将来に対するビジョンが描けない、という。 それだから、若者たちは、この3分野を避け始めているということが、いろいろ、インタビューとか定量的統計からわかってきたんですね。
私は、アカデミックポストがないんだったら、もっとベンチャー企業を起こせよ、と思うのです。 つまり、これだけ要素技術があって、モジュラー化されているわけですから、それぞれの要素技術ごとに、ベンチャー企業を立ち上げる。 こういうやり方でもいいんじゃないかと思うんです。 アメリカではそうなっていて、若者たちは活性化している。 にも拘らず、分子生物学、あるいは、再生医療を初めとするバイオサイエンス分野が、なぜ、日本の若者にとって魅力がなくなってきているのか、その理由をお聞きしたいんです。
中辻 憲夫(京都大学物質―細胞統合システム拠点長・再生医科学研究所教授)
再生医療っていうのは、そう簡単じゃない。 スピーチでも述べましたように、こういう複雑なことを、全部やらなかやいけないわけです。 でも、幸いなことに、世界では、着々と進んでいて、まずは、多分10年ぐらい前から、アメリカの企業は、公的な支援も得て大学の研究者も参加したような、主体としてはバイオテク企業とかベンチャーですが、FDAと向き合いながら、前から存在しているES細胞の中で、信頼できる細胞株を使って臨床応用を進めてきた、今やっとそれが現実になってきているわけですよね。 これは、ES細胞で成功すれば、すぐに、その技術が、もうちょっと改良されたiPS細胞に適用できますから。 で、ES細胞を使って、まだわからないですけど、網膜疾患の治療に関しては、もう、かなり、予想以上に臨床試験のいい結果が出てる。 糖尿病では、インシュリン分泌細胞を透過性膜カプセルに入れるという賢い方法がありますので、これもかなり有望。 パーキンソン病は、京都大学の高橋淳さんが世界でも一番進んでいるような気がします。 このように着々と進んでいるんですけれども、誤解があるんでしょう。 その、ES細胞が日本で扱いにくく、研究に使いにくくて臨床応用されないのは、実は、日本独自の人為的なファクターですね。 つまり、規制と予算配分だけの問題です。 世界では、当然のことのように、まず、ES細胞という純正品で確立してから、必要であれば、iPS細胞にスイッチしようというふうに進んでいて、だから、ES細胞でいち早く成功した企業っていうのは、iPS細胞を使って同じことをする時にも、世界で優位に立つんですね。
分子生物学、ライフサイエンスというのは、私、ツイートでも言ってるんですが、これ、誤解を生むかもしれないんですけれども、国として、分野として全体を見た時に、ライフサイエンス系の大学院生の卒業生、博士の数、それからポストドクの数って考えると、大学院生の数を、ものすごくある時増やして、ドクターの数も増やした、と。 で、幸か不幸か、ポスドクも増えたんですね。 グラントを出したことによって。 ところが、その後の職は増えず、かえって減っているわけですよ。 情報系とかはドクターで、そんなに職に困っている人はいないようなんですけど、ライフ系は、ポスドクがものすごく増えている。 今、ちょっとアカデミックな研究ができるようなまあまあのポストに、すばらしい業績を持った人、すばらしい論文を持っている人が100人以上、一つのポストに応募してきます。 私の研究室出身者の進路を見ても、私のラボからの博士二人は、大手製薬会社の研究員に就職したし、もう一人は弁理士事務所に就職とかの実績があるんですよ。 私自身も、一時、乳業会社の研究所にいましたし、あまり、民間とアカデミアのその境目というのがないんですけど、この状況でも、ネット上の本音を出す所では、企業に就職する人は落ちこぼれ、負け犬だというふうな意識を、若手研究者の本人たち含めて社会が風潮として持っているようなんですね。
私自身は、なぜか、サルやヒトES細胞の培養液を作るところから始まった「リプロセル」というベンチャーを、面白いと思って、ゼロになってもいいやと貯金をはたき、出資して11年前に作り、昨年、上場に成功しました。 今、その上場で得た資金を活用して、私の研究所のテーマである学際研究というのですけど、ナノテクノロジーとマイクロエンジニアリングと組み合わせ、細胞を並べて厚みのある組織に近いものを作るというベンチャーを立ちあげました。 そこで、海外出身の助教の人なんですが、大学も大変だから、もう、このベンチャーを、自分の主な職業にしようと思っている人がいますね。 もちろん、ベンチャーが成功するかどうかはわかりませんが。
アカデミアでの研究を、だんだん予算も減っていく中で、やり続けるか、リスクを取って他へ行くか。 私自身、理学部出身だし、実際、カエルの発生学を最初にやりましたから、学術研究は絶対必要なんだということはよく知っているんですよ。 学術研究は、絶対、基盤として必須で、人材育成に必要だけど、それだけにしがみついていては、まあ、まずいだろう、と。 ただ、やっぱり、一般的な意識とは違うみたいですね。 結論でいうと、ライフ系が、特に、博士と短期的なポスドクポストをいっぱい作ってしまった。 その後の安定したアカデミアのポストが非常に少なく、職がないんです。 まあ、MDの人はまだそれでもいいですけど…。 それで、産業界でも、日本の中で、ライフ系での成功モデルはまだできていない、大きな企業では。 唯、ベンチャーがいくつか出来てきている、という状況なんですね。
山口
ありがとうございました。 このクオリアの場でも、前にお話したことがありますが、私、この3月にアメリカに行って、10日間、NIHに棲みこみ調査をしました。 それから、後、NIHからファンドされているベンチャー企業10社ぐらいをインタビューして調査をしました。 それで、驚いたことがあります。 ベンチャー企業の起業家たちは、殆ど移民の若者でした。 何と彼らは全員、お金には興味がないという。 しかしポスドクだと、自分の好きな研究ができない。 だから、研究するためにベンチャー企業を作ったんだ、というのです。
アメリカのSBIR制度によって、最初に、フェーズIで、1千万円もらえる。 それを半年やって、次にフェーズ2に進めると、今度は1億円もらえる。 それで、会社を花開かせてその会社でこういう要素技術をやっている。 彼らは口をそろえて言いました。 「新薬の開発が1億円足らずでやれるはずがない。 だから薬をつくろうとしていない。 この要素技術をやっていて、これを大企業が買ってくれるんだ」というわけですね。 こういう仕組みが、なぜ日本で出来ないのか、不思議でしょうがないんですけど。 何か、コメントいただけますか。
中辻
と言われまして、インダストリー・アドバイザリー・ボードというのを作って、世界企業の副社長級ぐらいのレベルの人を国内外から5、6人招き行うものなんですけれども、それで、最近、その会議があって、その中で、一人、インド出身の人で、ライフ系の巨大研究企業の幹部なんですが、彼が言っていたのは「日本見ていると、社会的に安定していて、安全経営で人柄もいいが、唯一困るのは、リスクを避けること」と言うんですね。 新しい技術で産業を起こすには、失敗から始まるんですね。 10回のうち1回成功したらいい方で、9回は失敗して当たり前なんだけど、失敗したら失敗者のレッテル貼るし、本人も失敗するような事はやりたくないという。 でも、1回、2回失敗して経験を積んだ人なら、次は、大丈夫だろうと投資を、もっとすべきです。 日本はもうこれから、ずっと安定したままというんでは、これ、ちょっとペシミスティックかも知れませんが、日本は、どう考えてもジリ貧になるだろう。 やっぱり、リスクを取ってやろうという人が、やっぱり大事だから、応援しなきゃいけないと思いますね。
山口
お忙しいところ、わざわざ来ていただいた塩田さん、意見、質問、何かございませんか。
塩田 浩平(滋賀医科大学学長)
さっき、山口さんが、このごろライフサイエンスが停滞している、というお話をされましたが、中辻さんとは少し違う観点から申し上げますと、ある意味で、ライフサイエンスは、いま難しいところに差し掛かっていると思います。 今までは、遺伝子を見つけて、一つ一つその機能を解析して、研究することが山ほどあったわけです。 われわれが、研究に入った1978年頃に、塩基配列を読むサンガー法という方法が開発されたのですが、そのとき、第一線の研究者の多くは、「30年経ったら、ヒトの遺伝子がこれで全部読める。 そこに、ヒトの存在の暗号がすべて書いてあるから、人間の存在がそれで全部説明できる。 するとわれわれの仕事はなくなるな」と言っていました。 ところが、2003年に、ヒトゲノムが全部解読されてわかったことは、DNA配列は単に記号の並んだ電話帳のようなものである、ということです。 それぞれの遺伝子が、どういう顔で、どういう仕事をしていて、だれと親類で、だれと仲がいいか悪いか、というのは、これから、1つ1つの遺伝子を訪ねて調べなければならない、ということが明らかになったわけです。 いま、ゲノムが読めたことによって、ライフサイエンスにおいて、これまでの手法ではどんどん新しいことが出てくるということが少なくなったものですから、難しい時期になっているという見方はできると思います。
というわけで、再生医療が特に注目されているのは、ライフサイエンスでほかにエポックメーキングな話題が出にくい、ということも一つの原因かと思います。 再生医療の他にも、重要ないろんな研究がもっと出てきてもいいのですが、いまはライフサイエンスで、びっくりするような研究が出にくい、という感じがしますね。 また、こんな難しい状況ですから、研究者になる魅力を若い人にアピールしにくく、すばらしい論文も以前に比べて出にくい。 そんな時代になっているという印象を持っています。
高田 公理(佛教大学社会学部教授)
今日のお話に関しては、ずぶの素人なんですが、お話を聞いていて、強い興味を引かれたのは、iPS細胞に関してノーベル財団が、再生医療にまるで言及していないという指摘でした。 それに比べて日本の新聞は、とくに加齢黄斑変性の患者に移植を試みたころから、iPS細胞の再生医療への適用を非常に強調しはじめたように思うのですが……。
ところで、そのiPS細胞について、2年ぐらい前でしたか、iPS細胞を構成しているタンパク質を分析したら、正常細胞とは、ずいぶん組成が異なるのだというようなことを、たしか日経新聞が報道したように思うのですが、そういうことって、あるのでしょうか。 で、もしそうだとすると、今日のお話でも、似たような指摘があったように思うのですが、iPS細胞由来の組織細胞を移植すると、その器官が癌化する危険があるわけでしょ?
その際に大事なことは、タンパク質組成が異なるということと強い関係があるような印象を受けるわけです。 それに比べるとES細胞の場合には、そういう危険性がないと考えていいのでしょうか。 くわえて今ひとつ、iPS細胞の移植に伴う器官の癌化を抑えるメカニズムに関する研究は、どのようになされているのですか。 そのあたりのことをうかがいたいのですが……。
中辻
実際、iPS細胞というのは、完全に正常ではなさそうなんですね。 もちろん癌ではないんですけど。 画面(異常化リスク33p資料)を見てください。
DNAを複製した時に、必ず、ある小さな確率で間違うんですよね。 間違わなかったら、生物が進化したはずはないので…。 多分、何百ぐらいの小さなミューテーションがいろんなところに入っているけど、まあ、大事なところに入っていなければなんともない。 て言うので、ES細胞もiPS細胞も増殖させているうちに、いろんな異変がある。 それから、分化していった時、ほんとに正常な心臓細胞や神経細胞になっているかというと、非常に近いんですけど、大体未熟な部分が多いんですね。 ES細胞、iPS細胞どちらにもこのリスクがあります。 しかし、iPS細胞は、これに加えて二つのリスクを持っているんですね。 一つは、体細胞のゲノム変異ってのがわかりやすいんですけども、生物のゲノムで一番重要なのは、卵と精子を作るゲノムで、次の世代に引き継ぐから、体の真ん中にあって、あんまり分裂しないように保護されていて、DNAを修復する酵素がいっぱい発現している大事な大事な箱入り娘と箱入り息子なんです。 しかし、体細胞なんかは、例えば、皮膚の細胞とか肝臓の細胞は、その機能を果たしていてくれてたら、癌化さえしなければミューテーションが起きててもよくて、実際調べてみると、たくさんミューテーションが入っているんですね。 それを、iPSは引き継いでる可能性があるし、問題は、iPS細胞株を作る時、早く増えてくるコロニーとかって、一番早くピックアップするじゃないですか。 これ、早く増えるってのは、癌遺伝子のコピー数が増えてるかもしれないし、癌抑制遺伝子が壊れているかもしれないというリスクが常にあるわけで、いつも調べる必要がある。
で、質問に一番近いのは、多分これですね、3番目。 iPS細胞は、初期化が不完全なんですよ。 だから、分化細胞の、さっき塩田先生がおっしゃったゲノムのDNAだけで働きが決まっているんじゃなくて、その遺伝子がどう働くかは、エピゲノムっていうDNAの周りの修飾で決まっていて、それによって働き方が違うんですね。 iPS細胞は、分化細胞から初期化するんですけど、分化細胞のエピゲノムが一部残っていると、体の中では存在したことがないような組み合わせの遺伝子発現をする細胞っていうのが、十分出てくる可能性があるんです。 ただし、それは使えないっていうんじゃなくて、ゲノムの方もそうなんですけど、次の子どもをつくるゲノムってのは、絶対変なことがあっちゃあいけないんですけど、例えば、パーキンソン病の治療の時、ドーパミンニューロンを移植する、と。 その時は、ドーパミンニューロンとしての働きをしてたら、変なことが多少起きてても、癌にさえならなければ使用できるわけですね。 だから、いろんな異常があっても、見極めが大事で、ほんとに使えるかどうか。 最終的には、作った移植する前のものを、ヌードマウス50匹ぐらいに移植して、1年間見て癌になるかどうか調べるという検査などもあります。 だから、ダメと言っているわけではなくて、まだまだ、いろんな検定が必要なんです。 その時に、ES細胞の方が比較的iPS細胞よりもリスクが少ないといえるし、ES細胞で成功した技術は、ビジネス的にも指摘すれば、特許もノウハウもすべてiPS細胞に使えるわけです。 という構図なんです。
塩田
私は、中辻さんと違い、もっと後の発生段階、着床してから体ができてくる段階の研究をしてきたのですが、ヒトで調べると、初期胎児の1割ぐらいに形の異常(奇形)が見つかります。 遺伝子の異常はもっと多いと思います。 さっき、中辻さんがいわれましたように、これまでの研究をまとめますと、大体、受精卵の3分の1ぐらいが着床しない。 また、着床した後に、その3分の1ぐらいが死んでしまいます。 いろんな原因がありますが、恐らく遺伝子の異常や染色体の異常が、ヒトの生殖細胞や初期胚ではたくさん起こっているのです。 一方で、そのような自然に起こる遺伝子異常などが人間の進化にプラスに働いた可能性もあります.人間の細胞というのは、そう安定していて正常なものばかりではない。 恐らく、人間が生まれてから20〜30年で子供を作るということは、その間に起こったそういう異常が人間の進化にとってプラスにもマイナスにも働いたという可能性が高いのです。 それで、なぜ、それほど異常が多いのに人類が滅亡しないのかというと、異常胚の多くが生まれる前に自然に死んで淘汰され、それが、人類の集団から遺伝子異常を除去する作用をしているのではないか、というふうに考えています。 ですから、私たちの体の細胞は、いっぱい傷を持っているという風に考えるのが科学的には正しいと思います。
山口
ということは、淘汰された細胞たちをES細胞に活用できるんだ、ということですね。
塩田
いいや、そうではなくて、さっきいわれた余剰胚というのは、人工的に体外受精させたもののうちで妊娠に使わなかったもの、ということで、排除された異常胚ではありません。
中辻
余剰胚でもう少し説明すると、普通のプロセスは、通常の排卵では1個ですが、ホルモン処置をして、女性から10数個の卵子を取り出し、体外受精で10個の受精卵を作る。 そのうちから、1個、2個を子宮に戻して、残りの8個は凍結保存しておくんですよ。 塩田先生がおっしゃたように、3回に1回、着床は成功すればいいぐらいですから、うまくいかなかったら、次に、凍結保存しといたのを解かしてまた移植する、と。 で、うまくいったら、凍結したまま残るんですよ。 液体窒素を継ぎ足していけばずっと残るんですけれども、それが、余剰胚なんです。
高田
今、塩田さんの話をきいていて、不思議に思うのですが、幹細胞というのは、どんな器官にでもなりうる細胞ですね。 その幹細胞は、当然のことながら、その個体の全ゲノムを持っているわけです。 その幹細胞が分化して、たとえば目の水晶体になったとします。 と、その蛋白組成はクリスタリンだけになるわけですが、にもかかわらず、その核には全ゲノムが保持されている。 それが、何で水晶体に分化するかというと、主としてメチル化――つまりはクリスタリン以外のタンパク質を作る遺伝子のシトシンをメチル化することで、クリスタリン合成だけを可能にする。 そう考えていいわけでしょ?
中辻
まあ、仕組みはいくつかありますけど…。
高田
そういうふうにしてできたはずの皮膚細胞も、クリスタリンと同じような論理でできたのだとすると……。
中辻
ええ。 ところが、皮膚細胞に四つの因子を入れるだけで、細胞が初期化される。 こうしたことが現象としては実在しているのでしょうが、そういう現象を発現させる論理というか、メカニズムはわかっているのですか。
中辻
多分、完全にはわかってはいないんですけど、あの、これは、エネルギーの安定しているくぼみがあって、山があって、こう、落ちていく。 この時に、多能性幹細胞っていう状態が、ちょっとくぼんでて安定しているんですよね。 そこには、初期化遺伝子が発現しているんですね。
で、初期化遺伝子を入れても、100個の細胞に入れたら100個のiPS細胞になるわけではないんですよ。 大体、1万個に1個ぐらいがなるんですよ。 ですから、まあ、細胞はいろいろ、こう揺れているんでしょうね。 それを、バシャバシャって動かして、こっちにいく確率を上げていくと、自分で、そこに入る細胞が、時々出てくる、っていうことです。
高田
なるほど……。 ただ、この辺の話が、メディアではまるで報道されてへんような印象を受けるわけですね。 その上で、非常に乱暴な話をすると、要するに生きものというのは、大体、運のええのが生き残っている。 そんな風にも言えそうな気がしますね。
中辻
ええ、細胞がすごく変動するので、ES細胞株でもiPS細胞株でも、ずっと増殖を続けている細胞ですけど、こんな話があるんです。 物理実験、化学実験は、大体、同じ材料揃えると同じ結果が出るんですけど、生物実験は、同じ結果が完全には出ないんですよ。 で、ある細胞株を、違う大学院生に1カ月培養させると、何か違ったものになったりするんですよ。 だから、実は「捏造」ということを証明するのは難しいんですね。 同じ細胞株をつかって、こういう実験をやってこういうデータが出ましたって発表するじゃないですか。 やってみたら、全然できないよ、となっても、「あいつは嘘ついている」とは、すぐには言えないんです。 ちょっと違うんじゃないか、ということで、まあ、難しいんです。 時々は、完全に捏造の証拠が出てくるんですが…
研究データの場合は、まあ、いいんですけど、実用化、医療に使うには、これでは困るんですね。 今、ロバストネスっていうんですけど、これが重要だということになっているんですね。 ロバストというのは、頑強性とか安定性とか、ちょっとぐらい違う人がやっても、同じ結果が出るというようなことなんですが、今、ライフサイエンスとか、特に基礎医学、トランスレーショナル医学の研究は、7割ぐらいの論文があてにならないといわれたりしているんですよね。 再現できないんですね。 で、細胞を使っている限り、まあ、患者さんや動物を使うともっとぶれるでしょうけど、細胞をつかっても、そういうようにぶれるので、ただ、ほんとに、治療に使うんだったら、研究論文を出す程度の信頼性じゃあだめで、もっと信頼性の高いものを使って、ロバスト性を上げないと実用化はできない。
でも、ほとんどの大学の研究者は、そんなことまで目指さないで論文出しちゃうから…。 だから、業界内では、あのラボからの論文って、いい時のデータしか使ってないようだから信用出来ないよ、という話が流布してんですけど、でも、証明できないんです。
山口
捏造のお話が出たことなので、なかなかお聞きしにくかったSTAP細胞のことをうかがいたいと思います。 私は物理学が専門なので、物理について例を挙げると、論文は、査読プロセスを通れば掲載されます。 掲載された後は、ある種の進化プロセスの中で、つまらない論文、ちょっとでもまちがいがある論文は淘汰され消えていき、ちゃんとしたものは残っていく。 しかし、STAP細胞の時は、世間が騒ぎすぎて、泰然自若として真実をしっかりと突き止めるべき理研があっという間に捏造と言い始めたじゃないですか。 捏造かどうかは、もうちょっと精査しなくちゃわからないわけで、1年間ぐらいかけて、理研はやらなくちゃなんなかったと思うんです。 そうすれば、笹井さんも自死しなくてもよかった。 コメントをいただけないでしょうか。
中辻
幹細胞の分野って、結構似たことが多いんですよ。 役立つといわれる幹細胞使っているし、注目されているってことは、いろんな意味で、インセンティブ、悪いインセンティブが働きますよね。 ですから、実は、体の組織から、多能性細胞のようなものをある方法で作ったっていうものは、まあ、MAPCとかVSELとか、なんか四つか五つ、すごく目につくんですよ。 でも、それがネーチャーとかセルとかに論文が出ても、再現性が悪くて全くできなかったりで、みんな消えていくわけですね。 そのプロセスがあればよかったんですが、STAPの場合は、多分、あれは、CDBだけじゃなくて、理研自身が政治的に、予算獲得に使おうって言うことで、大宣伝をやったわけですね。 iPS細胞がもう古くて、それよりもという、さっき言ったような間違ったことをやって…。 で、あの場合は、やっぱり、私もツイッターとかで少し参加しましたけど、私も、最初は、あれは、画像の取り違え程度のミスだと思ったんですね。 だから、その時聞かれたコメントでは、「ミスってのは起きるし、再現性を確認することが大事」なんて答えていたんですけどね。 でも、クロだと思ったことがあったんです。 それは、普通のミスと程度が違うんですよね。 具体的にいうと、第一著者の小保方さんが、博士論文につかったテラトーマの三つの写真組と同じものを、あの論文に使ってたんですよ。 そんなんは、ミスではありえないんですね。 意図的で、同じ三組の写真を違う研究で使うなんていうのはありえなくて、あれを見た時には、この論文のデータは、どれが信頼できるかできないかは全くわからない。 私は詳しく見ていないけど、ほかのネットの人が「自家蛍光じゃないか」とかいろいろなこと言い出して、再現性も、もちろん取れない。 しかも、プロトコル、方法をどんどん変えるけど、それも再現できなくて、余りにもお粗末なことだったんですね。 その余りにもお粗末を、余りにも大々的に宣伝した。
本当に不思議なのは、あれが、普通のどっかの研究室で、あまり熟練していない研究チームが発表したら、まあ、そういうところだからという問題で済む話で、普通の怪しい論文なら自然に消えていく。 だけど、理研、CDBという、日本を代表する研究機関です。 しかも笹井さんはじめ、3人か4人は、もう、あの分野ではすごい信頼を得ている人たちが共著者で並んでいたんですね。 私も、だから、最初は信用したんですよ。 あれは、そういういろんな意味で、異常ですね。 あの論文のデータは明らかにおかしいというのがいくつもあったんです。
山口
せっかくですから、この機会に、会場から何かありますでしょうか。
三木 俊和(大阪経済大学大学院生)
医療分野のことなんですが、臓器移植法とかが成立し、また、BSEとかの関係で販売中止になったりしたことがありましたが、牛豚など生物由来の細胞シートが作られていて、そして、中辻先生がES細胞を発表され、私は、わあ、すごいなと思いました。 このように、臓器移植とか細胞シートとか、さらに多能性細胞とかもできて、いろんな事ができるようになって、人間どこまで生きるのかということになってきたわけです。 それで、私が、20年近く前から気にしているわけですけれども、やはり生命倫理ということが問題になると思うのです。 中辻先生は、生命倫理ということについては、どうお考えになっているのでしょうか。
中辻
日本の生命倫理っていう言葉が、すごく幅広く、定義なしに進んでて、もちろん、科学技術の効率とか、コストとか、経済以外にそのある意味の倫理というのは重要だと思います。 ただ、それを、観念的に議論すると、あんまり良くはなくて、あの、きょうのタイトルも「広い視野でのリスク ベネフィット吟味ですね」。
で、倫理問題がないというのは、ほとんどないんですね。 iPS細胞だって個人のプライバシーの問題がありますし、不妊治療だって、いっぱい問題を含んでいるけど、それは、みんな判断しているんですよ。 だから、あまり先まで考えずに、じゃ、これは、具体的にいいのかどうか、考えてほしいんですね。 ES細胞の場合、私が自分で判断したのは、ES細胞を作るために、わざわざ受精卵を新しく作る必要があるんだったら、自分でやるかどうか悩んだでしょうが、何千個、何万個廃棄されているんだったら、そのうちの幾つかを利用させてもらってもいいんじゃないか。 しかも、毎回、毎回、受精卵を使う必要はなくて、細胞株を一旦作れば未来永劫、ずっと使えるわけですね。
というふうなことを考えたら、そうすると、余剰胚の提供プロセスで、十分説明して、例えば、お金をいっぱい払ってもらうとかじゃなくて、など、いくつかの歯止めをかければ良くって…。 しかも、日本は、そもそも指針を作ったんですよ。 こういうふうに提供プロセスをやればいい、というね。 これは、世界の先進国では、ほとんど同じでなんです。 そのプロセスにそってES細胞株を作ってみんなが使っているのに、それが、なぜ問題だっていうのかわからないんですよ。 だから、「ES細胞は倫理問題」というのは、なんか、中身なしに、言葉だけがひとり歩きしている。 人を「不老不死にする」とか、ずっと死ななくするなんて、そんなことは不可能です。 そんなことは言ってないです。 現実に、ドーパミン神経がなくなっていってるから、だんだんと動かなくなって、介護をずっとしてもらいながら、やっぱり亡くなるっていう状態を、例えば、5年間、10年間、改善するためにドーパミン神経を作って移植すれば、それができる可能性がある。 だから、それをやるんです。 あんまり、観念的に考えてもらっては困る。 具体的なところを考えるわけです。 そんなすごいことまで、できるわけがないんですよ。 目の前に、こういう問題があって、これは大丈夫だろう、というふうに考えてほしい。
村瀬 雅俊(京都大学基礎物学理研究所准教授)
ぼくは、細胞システムからなる個体と、人間からなる社会システムは相似だというふうに思っていて、誤りが多い。 人間のやることは10回に1回ぐらいしか成功しなくて、残りは、誤りが多い。 先生もおっしゃっていたように、細胞も全く同じですね、ミューテーションが多くて。 で、なんか、理想の細胞を探すことに余りに注意がいってしまうと、人為選択をしていることに、結局はなりますよね。 それで、誤りがある細胞が、違った細胞同士と集団をなした時に、その誤りが、リセットっていうか、細胞同士のネットワークで勝手にリセットすることってあると思うんです。 それは、例えば、癌が自然寛解するのと似たところがあって、人間もそうですよね、いろんな誤りがあっても、集団の中で、何か抑制される事があると思うんです。
それで、最初から理想の細胞を探すというより、誤りが起こることをよしとするような発想。 異なった細胞集団が起こった時に、たまたま、誤りが、全体としては顕在化しない。 個別にとっちゃうと、癌化しているかもしれないけど、というふうな、何か発想を変えることって、できないでしょうかね。
中辻
私の考えで言いますと、複雑で、たくさんなものが関わって、複雑系って、いつも正常じゃなくて、間違いが起きますよね。 めちゃくちゃ、話が飛びますけど、人間の社会では、多分、理想的な統治が行われるシステムを作ることは、ほとんど不可能で、間違いは起きるけども、それをいかに補正していくかっていうので、今のところ、民主主義というのが、いろいろまずいことあるけれども、一番危険がないということになっている。 その補正が利かなきゃいけない。 で、ある方向に、みんなが右向け右だったら、きっと間違いが起きます。 すばらしい統治者がいる場合というのは、幻想です。
細胞、われわれの体もそうなっていて、その中でも、間違いが起きる中でもできるだけ正常に行こうとしていて、たとえば、生殖細胞の場合のゲノムは、減数分裂の時っていうのは、一対あるものを参照するんですね。 あんまり違ったのが多い細胞は殺しちゃうんですよ。 二つのコピーを照らし合わせて、異常のあるのは、二つ違っていますから、そういうのは殺すという選別が行われているんですね。 体の中にも、これ、塩田先生のご専門ですけど、癌細胞って、それに近いものは毎日、毎日、われわれの体の中にできているけれども、それは、免疫系で検出され、排除されていっているということになっているんですね。
で、この細胞も、ある人が、もしも、細胞治療に使うES細胞、iPS細胞は、完全に正常なものでなければいけないと決めたら、何もできないです。 すべては異常を持っているんです。 それで、具体的な例なんですけれども、ゲノム解析の会社と開発しようとしているのは、発がんリスクを高くするような遺伝子変異を、例えば300種類ぐらい上げて、その300種類は起きていないよ、とか、そのうちの2個ぐらいは起きているとかっていうのを検出して、じゃあ、どれを使おうかっていう…。 だから、異常は起きているが、リスクの高いものは起きてないようなことを検出しようということですね。 つまり、リスクとベネフィット―どこで折り合いをつけるか。 倫理もそうです。 倫理も大小、どこで折り合いをつけるかだと思いますね。
山口
きょうのお話を聞いて、哲学的なことと実用的なことの両面を考えました。 哲学的なほうで、つくづく思いましたのは、やっぱり、iPS細胞って、発見されたのは奇蹟だなあという気がしてならないんですね。 つまり、似たようなことを考えてやっていた人はほかにもあったようですが、たったの四つの遺伝子を入れただけで、ES細胞とほぼ同じような機能を持つものを作れるなんて、山中さんは、どうして思いついたんだろう、と。 それで、生命というのは、物理学では定義できていないですよね。 すなわち生命は、サイエンティフィックに定義できていない。 ただ、山中さんは、「何か、生命というのはある種の安定状態を求めていて、安定状態を求めるがゆえにiPS細胞は見つかったんじゃないか」ということをおっしゃっている。 深い言葉だと思ったんです。 しかし、これはワールドカフェの話題には難しすぎる。
そこで、実用的なほうを話題にしたいと思います。 この場は、市民科学者をつくろうということも趣旨でありますので、バイオ産業のことを話題にしたいと思います。 日本のバイオ産業は、2000年ぐらいから、どんどん死に行こうとしている。 貿易赤字の主因がバイオ産業です。 日本は、こんなにさまざまなサイエンスのイニシアチブを持っていて、さまざまな技術のイニシアチブを持っているのに産業はさっぱりダメなんですね。 これは、さっきも話に出たように、日本って、ベンチャー企業がないからですよ。
で、アメリカは、1976年創業のジェネンテックから始まるんでしょうけれども、先程申し上げたように、ポスドクたちがアカデミシャンを捨てて会社を起こす時代になっていて、そういうある種の、社会的淘汰システムができ上がっているように思うんです。 それで、私としては、ここまで素晴らしいサイエンスがあるのに、これが、日本の中で実用化されて価値に生まれ変わらないのは、本当にもったいない。 それで、きょうのテーマは、「ES細胞、再生医療に基づいたバイオ産業を日本の中で起こすには、どういう仕組があるんだろうか」というのはどうでしょう。 中辻先生、どうでしょう?
中辻
いや、私は、その部分に貢献できると良いなと思っているんですよ。 私も、会社をやっています。 大学の研究は、複雑なものがあり、そんないかがわしいことはせず、貧乏でも研究を続けるっていうメンタリティーが、まだあるんですが、研究を続けるには資金が要るんですね。 私が、そういうことの魁になれれば嬉しいですが、周りでは、このまま大学にいてはどうしようもないということもあるんでしょう。 ベンチャー企業に参加する動きとか、企業に向かう人も出てきていますね。 >
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