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第5回クオリアAGORA_2014/万能細胞と生命倫理



 


 

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第5回クオリアAGORA 2014/万能細胞と生命倫理ー広い視野でのリスクベネフィット吟味と合理的判断の必要性/日時:平成26年10月30日(木)18:00~21:00/場所:京都大学楽友会館会議場-食堂/スピーチ:中辻憲夫(京都大学物質―細胞統合システム拠点教授・再生医科学研究所教授)/【スピーチの概要】S細胞やiPS細胞を含む多能性幹細胞(万能細胞)を使った難病治療への期待が高まる一方で、生命倫理問題について多くの議論が起きています。 特に国内での議論には、科学的事実や合理的思考とは乖離した意見も多く、代表的なマスメディアさえも多くの誤りやミスリードの例に事欠かないと言われています。 今回は、再生医療の実用化に取り組む京都大学の中辻憲夫教授をお招きし多能性幹細胞と生命倫理の問題を考えます。 /【略歴】中辻憲夫(京都大学物質―細胞統合システム拠点教授・再生医科学研究所教授)1950年和歌山県橋本市生まれ。 72年京都大学理学部卒業、77年同大学理学研究科博士課程修了、理学博士。 海外の研究活動を経て91年国立遺伝学研究所教授、99年京都大学再生医科学研究所教授。 マウス、サル、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)をはじめ、生殖細胞や神経細胞など、様々な細胞の発生分化および幹細胞研究を進め、国内最初にヒトES細胞株の樹立に成功。 2007年文部科学省による世界トップレベル研究拠点の一つであるiCeMS初代拠点長として、細胞科学と物質科学を統合した新たな学際領域の創出を推進し、ES/iPS細胞を用いた再生医療の実用化のための技術開発、疾患モデル作成や新薬開発への応用研究などを続ける。 また、大学発ベンチャーの㈱リプロセルの設立、㈱幹細胞イノベーション研究所の技術顧問などを通じて産業界での実用化を推進している。 




≪WEBフォーラムはコチラ≫

 


長谷川 和子(京都クオリア研究所)


京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞でノーベル賞を受賞、一方で理化学研究所の小保方晴子さんのSTAP細胞問題が起こり、万能細胞に対して私たちの関心が高まってきています。


この万能細胞を使った難病治療等もすでに始まっていますが、この万能細胞と私たちはどのような関係を持つことができるのか、万能細胞を治療に使える人と使えない人ができ、貧富の差というものも、これから、大きな問題となってくるのではないでしょうか。 倫理の問題は、私たちが直面せざるをえないテーマです。 


第5回は「万能細胞と生命倫理」をテーマに、中辻憲夫教授にスピーチしていただきます。 




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スピーチ 「万能細胞と生命倫理 ―広い視野でのリスクベネフィット吟味と合理的判断の必要性

≪中辻氏 資料ダウンロード (6.20MB)≫


京都大学物質―細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)設立拠点長再生医科学研究所教授 中辻憲夫氏

京都大学物質―細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)設立拠点長
再生医科学研究所教授

中辻 憲夫氏


私は、万能細胞は、多能性幹細胞と同じ意味ですけれども、2003年ぐらいに、ヒトES細胞を、日本でどこかが作って、みんなに配布して、という、つまり、多能性幹細胞研究を日本でも進めなきゃいけないという事になったんですね。 当時、私は、再生医科学研究所にいて、マウスのES細胞を1984年からやっていまして、製薬会社の人に協力して、サルのES細胞を2000年に作ったということもあって、日本で、だれか一人が、ヒトES細胞を作り、それをみんなに無償配布して研究を進めるという、簡単じゃない、かなり困難な役割を引き受けることになったんですね。 その時点で、いろんな倫理的な問題とか社会的な問題という、通常の研究者ではあまり関わらない問題に関与するっていうことを決心して、自分でいうのもおかしいですが、京大の末盛博文准教授が頑張ったんですけど、厳しい規制の中でも見事に作って、みんなに配りました。 そのことによって、私は、厳しすぎる政府指針と公言していますけれども、ヒトES細胞の研究が、思ったほどの広がりはなかったのですが、それでも、五つぐらいの研究グループが、日本では、ヒトES細胞に関する研究で世界的に競争できるような成果を上げたのです。 


そのグル―プが、実は、山中さんがiPS細胞を作ったことによって、私達を含めてヒトiPS細胞の研究も進めていて、日本はすごく力を入れておりますが、現実的に見ますと、その後、世界と競い合えるようなiPS細胞の成果を上げているのも、同じ5研究グループとそのお弟子さんたちだというのが現状なんですね。 つまり、最初に、もう結論を言ってしまいますが、ヒト多能性幹細胞っていうのはすばらしい能力を持った細胞で、その純正品としてできているのがES細胞、それを人工的に作ったのがiPS細胞。 及び、また次々いろんな種類ができてきますけど…。 


今、私、ツイートやっていて、3000ぐらいフォロワーがいるんですよ。 それで、例えば眼の網膜の変性症で、FDAの承認を得てアメリカでヒトES細胞から作った網膜色素細胞の治験をやったACTという会社が、2、3年の経過観察により、18人に移植して、安全であるだけでなく、半数以上の患者で視力の回復が見られたという研究発表を、ランセット(The Lancet)という有名な雑誌に発表したとか、今朝かな、インシュリン分泌細胞をヒトES細胞から作って、透過性カプセルに封じ込めて、安全性とか拒絶反応をクリアしたものを治験の最初の患者さんに、サンディエゴで移植した、というニュース。 あるいは、脊髄損傷の治験は、昔、ジェロンっていう会社が始めたんですけど、資金難で中断したんですね。 安全性は確認したんですけど…。 それを引き継いだアステリアス・バイオセラピュティクスっていう会社が、今、治験を再開しようとしているとか…。 つまり、ヒトES細胞は、欧米では、ホントの治験のフェーズに行こうとしているわけで、次々とニュースになっていて、こういうのが世界の研究者のツイートではワイワイと話題になるのです。 でも、そのニュースというのは、実は、日本では、ほとんど流れてこないんですよ。 それも非常に問題点で、例えば、さっきのランセットに載った網膜ですばらしい成果が上がったというのは、世界で ちょっと検索すると300件ぐらいのニュースが出てくるんですよ。 それが、日本では、同じ時に、ウオールストリートジャーナルの日本語版が出て、共同通信がワシントン発でほんの数行のニュースにしただけだったんですよ。 その後、全く無視されたままです。 で、きのうでしたか、やっと、NHKが小さなニュースにしたようなんです。 それにしても、やっぱり、テレビの影響力はすごいですね。 そうすると、ツイートの反応具合もすごくて、まあ、2週間遅れでも、報道した方がしないよりはまし、ということですが。 


まあ、あまり過激にならないようにしようと思ってんですが、私は、世界の研究者からすると、多分、自負じゃなくて、「憲夫が言ってることは、まあまともで、世界の科学者のコンセンサスだ」というのに近いと思うんですが、日本で、ES細胞のこととか、今言ったようなことしゃべると、「中辻教授はおかしい」、「偏向している」というふうに捉えられる。 これは、何か、日本全体が「洗脳」って言ったら、言い過ぎかもしれませんが、それに近いことになっているという気がします。 


それで、みなさんにお配りした資料に「ES/iPS細胞をめぐる日本社会での誤解と単純化」ということで計10項目を載せております。 (資料2ページ)例えば「誤解」は「ES細胞を作るには子供になる初期胚を壊す必要がある」「ヒトES細胞研究にキリスト教信者の大半が反対」「iPS細胞には倫理問題がない」「iPS細胞が出来たのでES細胞の研究はもう不必要になった」など7項目。 「単純化」は「日本がiPS細胞の研究で世界をリードしている」など三つです。 私が単純化と言っておりますのは、最初からそんなふうに考えてしまっていいの、それを前提条件にせず、もっと本当にそうかどうか検討する必要があるんじゃないかという意味です。 それで、これ見ると、多分、みなさん、「これのどこがおかしいの、みんな日本では正しいといわれていることばかりじゃないか」、と思うかもしれませんね。 これらすべてが誤解と単純化という話で納得してもらえるかどうかわかりませんが、とりあえずイントロダクションです。 



幹細胞、「かんさいぼう」と読みますけれども、英語ではStem Cellで、「幹」という字が使われておりますように、木の幹からいろいろ枝分かれしていろんなモノができるというふうに、体の中でわれわれの臓器組織を維持して、いろんな働きをする細胞を作る元になる細胞です。 そこから、前駆細胞ができて、実際に機能する細胞ができるわけですね。 種類は、大きく、多能性幹細胞、つまり万能細胞と呼ばれるものと、組織幹細胞に分かれます。 組織幹細胞のほうが理解しやすくて、例えば、造血幹細胞が、一番昔から研究されていて、実は、幹細胞を使った治療で、FDAから正式な認可をアメリカで得て、確立している医療っていうのは未だに造血系幹細胞だけという話がありますね。 ここは、間葉系幹細胞とかに関する治療は、まだ先進医療なので…。 で、血液の中にはリンパ球、白血球、赤血球、血小板がありますけど、こういうものは寿命があります。 数カ月とか一ヶ月で傷んで消えていきます。 そうすると、必要な数と種類の血球を維持するために作る必要があるわけですね。 それが前駆細胞で、前駆細胞をつくる元になる幹細胞があって、大元の幹細胞はわれわれの骨髄の中にあるわけです。 



で、非常にこの増殖はタイトにコントロールされていて、出血すると、臨時にたくさん作りますけども。 ただ、癌化すると勝手に増えだします。 それが白血病ですね。 で、白血病の治療は、細胞分裂している細胞がDNAを複製していると、放射線の照射に弱く、DNAが壊れるので、放射線照射をしますと、白血病の癌細胞は死にますね。 でも、幹細胞も死んじゃうから、癌は死んだけど、その患者さんも貧血で死ぬことになりますね。 それで、他の人から、造血幹細胞をもらってきて移植してうまく定着すれば、私は、臨床医ではありませんけど、半数ぐらいの人が助かる、っていうのが現状です。 ただ、この造血幹細胞って、培養下で増やすのは結構大変で、10倍に増やすのも、まだ大変なぐらいですね。 というわけで、臓器、組織を維持して、できうる範囲は限られていますけど、何か起きた時には、修復するというのが幹細胞です。 


実際、こういう幹細胞のほうが、作れる細胞が決まっていたり、増殖能が限られているんですけど、それは、ある意味、癌になりにくく安全だということで、示しております表「The global landscape of stem cell clinical trials」(資料6p)をちょっと見てください。 これ、ごく最近見つけた世界の幹細胞の新しい臨床試験の世界状況報告ですが、これを見ますと、世界全体で1000件ぐらいあるのですが、そのうち、400数十件が造血系幹細胞で、間葉系幹細胞も400数十件で、ほとんどがまだ組織幹細胞を使った臨床試験、再生医療というのが、世界中で大多数を占めているんですね。 だから、多能性幹細胞-ES、iPS細胞の臨床試験はまだまだ限られていて、ES細胞の場合はここに「Embryonic」ですので6件ぐらいある。 iPS細胞は、ここには出てきていません。 数えるのに間に合わなかったか、まだ臨床試験ではないですので、予備的な臨床研究にしか過ぎませんので、数えられていないということかもしれません。 


日本では、間葉系幹細胞についていうと、例えば、皮下脂肪の中の間葉系幹細胞をちょっと取ってきて、それを増やして軟骨作って、磨り減った軟骨板などに移植するってことが、自己細胞としてやりやすいので、実際に行われている。 でも、ちょっと、なんでも効くと言いすぎていて、クリニックが自費治療ですが、間葉系幹細胞を静脈の中に注入して、血栓を起こして死んだとかいう事故があったりしています。 今、エビデンスがない再生医療というのは、世界中で問題になっていて、中国、インドなどだけじゃなく。 テキサス州、日本でも問題になっています。 



いずれにしろ、図でもわかりますように、(7P資料)日本の臨床試験の数って、ヨーロッパの一つの国ぐらいのものなので、日本が、そう再生医療で突出しているというわけではないことがわかります。 ま、頑張らなきゃいけない、状況なんです。 


それで、きょうの話題は、万能細胞-多能性幹細胞ですね。 ちょっと、予備知識として
図で説明します。 (8P資料)受精卵があって、1週間ぐらいになると胚盤胞と呼ばれる、ボール状で、周りはこれ、胎盤とかを作る細胞ですね。 で、真ん中に、将来、胎児を作る元になる細胞があって、これが多能性幹細胞の性質を持っていて、これをうまく増やしたのがES細胞株です。 


で、倫理的なことがテーマですので、ヒトの発生の大事な段階について説明します。 胚盤胞が着床に成功するチャンスは、半分以下とか4分の1ぐらいとかとかいわれています。 だから、大部分は消えていくわけですね。 というので、大体、ローマ法王庁とかいくつかの宗教、いくつかの哲学以外は、大体、受精すれば即、人になるというのは結構考えにくくて、それじゃあ、いつも葬式しなきゃいけなくなりますから。 まあ、どっかで始まるとすると、例えば、着床の時とか、胎児になってから。 ですから、この着床部分は成功率は低いということで、受精卵の一部だけが胎児になるのが現実ということです。 



えー、それで、多能性幹細胞の特徴についてです。 癌細胞以外で、ずっと増え続ける細胞ってのは、ないはずなんですよ。 大体、多細胞生物で、細胞がどんどん増えたら危ないですから、次に継続させたいのはわれわれのゲノムを引き継いだ子孫ですので、皮膚の細胞、肝臓の細胞が各々の役割をしてくれればいいので、それが勝手に増えたら困るんですよね。 だから、どんどん増えるのは癌細胞ではできるんですが、正常な細胞は増えないんです。 ところが、なぜか、この多能性幹細胞は、癌化しないで増え続けることができる。 能力は、すごいんですよ。 1日1回分裂しますと、いろいろロスを考えても1週間で10倍増える。 これ、大したことないと思えますが、4週間(一月)で10の4乗となり、1万倍。 それが1年増え続けると10の52乗に増えるわけですよ、巨大な培養施設を使えばこうなる。 地球上に存在する人間の細胞の総数よりずっと桁が大きですね。 だから、一つの受精卵から作ったES細胞1株で、1年間増やせば、地球上に存在するすべての細胞よりずっと多いから、つまり、無尽蔵な資源になるわけですね、人間の細胞が。 と言うことで、ES細胞というのは、そういう細胞株なんです。 



ES細胞は、後でも説明しますが、不妊治療で必然的にできる余剰胚をいただいて作るわけですが、(資料)これ、ネズミですけど。 このネズミとかで、分化した細胞を元に戻したのが、iPS細胞で、山中さんと一緒にノーベル賞をもらったジョン・ガードンさんは、カエルを使って、卵子の中で初期化した。 山中さんは、既知因子つまり4個の遺伝子で、同じことができるということでノーベル賞をもらわれた。 今は、化合物で初期化するとか、いろんな方法が試みられています。 それから、卵子の中で初期化するほうが、完全に近い初期化ができるかもしらないんですが、それでも100個核移植胚を作って動物が1匹生まれるか生まれないかぐらいで、ほかは異常が起きます。 それから考えればもちろん、iPS細胞の場合も、完全な初期化では全くなくて、いろんな異常が起きたりします。 ま、改良はどんどん進んでいますが…。 



きょうは、時間がないので詳しく話せませんが、多能性幹細胞関連研究の歴史です。 (11p資料)今、ちょっと本を書いていまして、そのために作ったものです。 1958年の、ガードンさんのクローンカエル。 78年には、ヒトの体外受精で試験管ベービーが生まれた。 これは、英国のロバート・G・エドワーズ博士。 ごく最近、ノーベル賞をもらわれて、彼、その後亡くなりましたが、最初は、悪魔の仕業、神の領域に踏み込んだとか、散々非難されたんです。 でも、今は、世界中で行われていますね。 このこと、体外受精法が使われていることで、必然的に、日本でも、廃棄される余剰胚が年間数万個出ることにつながるんです。 不妊治療のために作られて廃棄されるものが、日本だけで数万個出ている。 だから、受精卵を壊すことが、けしからんというのだったら、不妊治療のやり方を変えるか、ストップするしかないんですね。 私も、だから、余剰胚が存在しなかったら、ヒトのES細胞を作るなんていう厄介な仕事を引き受けるつもりはなかったんですけど…。 まあ、数万個も廃棄されているんだったら、そのうちの数十個を提供して頂いて、細胞株5株つくったんですが、もう、それで、未来永劫、たくさんの人が使っても全然減らないわけですよね。 これ、結構なバランス感覚だと思いますけれどもね。 あと、2004年―05年は韓国の核移植クローン胚の論文捏造事件。 それから、13年には、米オレゴン州でヒト核移植SCNT―ES細胞作成成功。 これ、日本人が実際に実験したんですが、日本のクローン胚の指針は異常に厳しくとても国内では実行できない。 手先の器用な日本人の活躍できる部分なんですが、アメリカでやって成功したというわけです。 そして、14年のSTAP事件は、まさに、社会の反応を見たら、多能性幹細胞に対する理解のなさが露呈された事件です。 



で、多能性幹細胞っていっぱいあるんですよ。 最初は初期胚由来ES細胞で、今、網膜の臨床試験を成功させているACT社は、着床前診断で割球由来のES細胞株樹立を成功させている。 つまり細胞を一個だけ取ってきてES細胞を作っている。 つまり、受精卵を壊さないES細胞を作っています。 あるいは、いろんなiPS細胞を作る方法がありますし、体細胞核移植は、実用化できるかわかりませんけれども、卵子の中でのより完全に近い初期化なんで、比較するにはすごくいいですね。 あと、ナイーブ型とプライム型の多能性幹細胞という話も出てきています(以上12p資料)。 いろいろと流動的に、まだまだ進歩している状況です。 


さっきも話しましたが、ES細胞は、不妊治療で不要になった余剰胚を使います。 イタリアでは、まだ、法律が有効かもしれませんね、バチカンの影響で。 体外受精で作った受精卵は全部母体に戻さなきゃいけないという法律があるんです。 それこそ、毎回女性が、ホルモン処置と採卵を受けなければいけない。 すごい負担です。 凍結して置いておくことができない。 まあ、隣のフランスにいけばいいんですけど。 とにかく、余剰胚というものが廃棄されていることを認めている社会では、その数十個から数株のES細胞株を作って、有効活用するというのは、許容される範囲だと思います。 別に、iPS細胞でできたら、ES細胞を使う必要はないんですけど、ただ、iPS細胞株を使いこなす技術、知識は全部ES細胞から蓄積されてきたものが使われますから、ES細胞の研究を妨げるということは、実は、iPS細胞の研究を妨げてることになりますね。 


利用法なんですが、細胞治療とか以外に、もっと確実に役立つのは、新しい薬を開発する時に使うんですね。 例えば、人間の細胞って、利用しようと思ったら、多能性幹細胞ができるまでは、だれか生きている人か、亡くなった人の体からもらってってくるしかないわけですね。 癌細胞はありますけど。 これができますと、例えば、普通の神経細胞も作るし、アルツハイマー病みたいにちょっと元気のなくなった神経細胞もおんなじ品質のものを何兆個と大量に作って、並べといて、いろんな化合物を与えて、アルツハイマー病の薬の候補をスクリーニングすることができますね。 それを改良していくわけですけど、そんなことができます。 


その中でも、iPS細胞がこの領域では非常に活躍できて、いろんな体質の患者さんとか、いろんな人間のゲノムを持ったiPS細胞を作れば、いろんな体質だとか病気を代表しているような人間の細胞を作れるということで、最近EU、ヨーロッパでは、いろんな国の、いろんな民族の株を3000株ぐらい作って、産官学、各国協力してやるプロジェクトが始まりかけていますね。 まだ、どれぐらいうまくいってるかは、わかりませんが。 


それで、新しく薬を開発する時には、作ったものに毒性があっては困るんですね。 例えば、心臓と肝臓が大事ですけど、人間の心臓の細胞って増えないですから。 人間の心臓でテストできないんですよ。 それは、最後に臨床試験でやるしかない。 生きている人でね。 その前に使えるのは、動物実験ですね。 ネズミあるいはビーグル犬とか。 人間とは違うし、数もそんなに使えない。 それで、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞を使いますと、人間の心臓細胞がいくらでもできて、それを使って、開発した薬が悪いことをするかどうかがテストできる。 iPS細胞の場合ですと、いろんな体質のものを作れる。 実際に、心毒性っていうのは、非常に甚大な被害をコストに与えまして、臨床試験で有効性や安全性を確認した後、製薬会社が売りだし、数千人、数万人が使った途端に、特殊な体質の人が不整脈を起こすと、もう市場撤退ですよね。 もう、何千億円という被害です。 実は、これが、次の薬のコストに跳ね返ってくるわけです。 今、新薬開発のコストは、多分1千億円といわれています。 ピラミッドを作るぐらいです。 で、この時、犬とかではなく、ちゃんとした人間の心筋細胞、しかも、iPS細胞を使えば、いろんな体質の心臓の筋肉ができるので、それを100種類ぐらい並べておいて、そこで副作用があるかどうかをテストできるということで、新薬開発のコストと安全性を改善できるということになります。 これは、必ず有効活用できます。 ですから、山中さんのノーベル賞受賞の理由は、まずは、ガードンさんが初期化という現象を見つけ、山中さんが四つの因子だけでできるようにしたことなんですが、それに付け足して、今後、疾患メカニズムの解明とか新薬開発に役立つだろうと書いてありますね。 しかし再生医療には全くふれていません。 まだ、それはわからない、という認識なんですね。 



で、例えば、この本格的な実用化には、患者さんのボランティアを募って、何十億円以上のコストの臨床試験が必要で、これを、治験といいますけど、欧米では3種類ぐらいES細胞を使って始めています。 日本でやっているのは、臨床研究だけです。 これだけです。 (資料)今映っているこれは、脊髄損傷、これ先程話しましたけど…。 ほんとにコストがかかるんですよ。 例えば、コストのことをいうと、研究室の品質管理とかは、そんなに厳しくなくていいんですけど、ネズミの病気を治すために、まあ、例えば1万個の細胞を使って移植したとしますね、ネズミの体重とヒトの体重は3千倍違っていて、細胞の大きさはほとんど同じなんですよ。 だから、人間の治療には、ネズミで1万個必要なら、単純にいうと、その少なくとも千倍の細胞が必要なんです。 そうすると、培養皿1枚で培養して治療しても、人間には千枚必要で、千枚の品質管理をリスクなくできることは不可能です。 全く違う大規模な培養が必要となるんですが、コストが、ものすごくかかる。 



まあ、脊髄損傷の治験は再開されました。 目の方は、もう3年追跡していい結果が出た。 日本は、今始まったところ。 糖尿病は、なかなかこれは賢い方法ですね。 透過性カプセルに封じ込めますと、極端な場合として癌化しても、カプセル外に出ないから安全なんですね。 免疫細胞が侵入してこないから拒絶反応が抑えられる、と。 例えば、半年に一回、入れ替えればいい。 皮膚の下に埋め込んでおいて、まさに医薬品ですね。 この治験を進めています。 こういうことで、着々と企業が実用化を目指していて、例えば、ファイザーという巨大製薬会社まで加わって、開発が進んでいます。 これは、2年半以上前にこういうことが始まったよという話で、日本では、やっと臨床研究が始まったということであります。 


それで、私自身何をしようか、ということなんですが、臨床医でもないし、MD(医学部卒業)でもない。 理学出身ですから。 何故かこんな分野に入り込んだんですけど、実用化するために貢献する、つまり、たくさんの患者さんに手が届くコストで届けられるようにできないかと。 今は、細胞治療は一人、数千万円とかそれ以上で、その恩恵は、富裕層だけ可能なので、富裕層がいるところに病院でも建てて治療するしかないんですけど、これを、何とか数百万円ぐらいのコストにしないと、私も含めたみなさんの手には届かないわけで、そういう実用化の研究をやっています。 


ところで、さっき、日本の情報って、「洗脳」という、すごく強い言葉を使いましたが、その例を見てください。 これ、毎日新聞。 (資料)これはマイルドですけど、日曜版の子ども向けの教育欄なんですよ。 これが酷いですね。 iPS細胞ってすばらしいよ、っていうのはいいのですが、何故か、他の新聞もそうだけど、ES細胞を踏み台に使って、すばらしさを強調するんですよ。 そんなことやるなというんですが「ES細胞は、赤ちゃんになる受精卵を使うため問題だった」と書いてあるんですね。 生物学的には正しいんですけど、赤ちゃんにならないことが決まった後に、いただけませんか、ということなんですね。 次はさらに酷いですよ。 日本経済新聞。 ES細胞のことが書かれていて、読み進むと、これが、とんでもないんですよ。 「ES細胞は、やがて赤ちゃんになる受精卵をお母さんのおなかから取り出して作るため…」ってね。 これ書いた人、実際、どうやってそれができるか、考えたらできるわけないと思わないんでしょうかね。 女性に対する傷害事件ですよね。 知り合いの編集委員に電話したんですけど、まだ、訂正していません、ウエッブサイトにはまだ載っています。 


で、アメリカって、いろんな意見が出ていまして、不妊治療だけでなく、人工中絶をやっているクリニックが爆破されたりするんですけど、キリスト教の国だから、ES細胞のことを厳しく考えていると思うかもしれませんが、アメリカ国民の7、8割は「問題があるかも知れないけれど、程度の問題だから研究を推進すべき」といってるんですね。 事実、アメリカでは、ES細胞を使った臨床試験が始まっているわけでしょう。 どっかでiPS細胞にスイッチするかもしれません。 当然ながら、同じ技術使いますから。 で、カソリック教徒でさえ、7割近い人が研究推進に賛成なんですよ。 (27pのグラフ資料)



で、これは、1年前に、倫理的な問題を感じる、これは倫理的にダメだよと思っている人が何人いるかというアメリカの世論調査ですが、妊娠中絶がダメというのは49%です。 日本は、結構寛容ですね。 年間数十万件あるんですよ。 ES細胞作り始めた時は、34万件、届けてるだけで、1日千件ですよ。 すごいでしょう。 極めて寛容な国ですよ。 で、ES細胞ダメと感じているのは、アメリカで22%、iPS細胞なんかも16%、体外受精も12%がダメと言っていますが、妊娠中絶に比べても、そんなに反対はないんですよ。 


そして論文です。 iPS細胞の研究は、素晴らしい可能性持っているんで、論文が増えていますけど、ES細胞の研究のほうが、まだ、2倍ぐらい論文が出てるわけですね。 これ、2012年のヒト多能性幹細胞全体、ESとiPS両方を含んだ論文数ですけど(30P資料)、日本はこれですね。 アメリカはない。 実は、アメリカは、このグラフに出ている国々の数倍あるので、圏外ですよ。 圧倒的に多い。 日本は、論文数だけが基準じゃないですけど、中国、イギリス、シンガポールについで4番目。 えっ、あんなに投資しているのに、と思いませんか。 それと、もう一つ、出てきてもいい国が出てきていない。 ドイツとフランスとイタリアです。 私から言わせると、日独伊とフランスが、政策を誤って、ES細胞の規制を厳しくしすぎたんですね。 そのことによって、iPS細胞の研究さえも、独伊仏は、低迷しているんですよ。 つまり、多能性幹細胞の取り扱いに熟練した人が少ないために、iPS細胞ができてもその研究が進まないわけです。 で、日本は、あれだけの集中投資で、まあ、少しは伸びてきましたが、この程度。 現在は、さすがに、もう少しは伸びていると思いますが。 



それで、「セル(Cell)」っていう有名な雑誌のコメンタリー論文ですが、つまり、iPS細胞っていうのは「ES細胞に取って代わる細胞ではなくて、両方が相補的でインターディペンデント(相互補完的)な細胞」だと。 つまり、多能性幹細胞っていう研究の中で、純正品(ES)と人工物(iPS)を使うという話であって、「ES細胞の研究をサポートしちゃいけない」という宗教的な考えの人がいるんですけど、その意見を聞いていると、iPS細胞の研究もだめになるよというのが結論です。 日本は、ひょっとしたら、それに近いことをやっていたかもしれない。 これから、どうなるかわかりませんが…。 


そろそろ時間ですね。 もう既に言ってますが、多能性幹細胞を実用化するためには、細胞株を作った後、それをいかに安定的にいっぱい増やして、コストを安くして、目的の細胞に分化させて、どうやって移植するかという一連のことを、全部、臨床グレードでやんなきゃいけないんです。 32ページに示しておきましたが、とても、多段階、多面的な数多くの要素技術の開発が必要です。 その時に、細胞株を作る方法なんて、ごく最初だけなんですよ。 これ、全部、ほかの多能性幹細胞株についても同じなんです。 だから、STAP細胞が、もし、ホントだとしても、あれは、今までのiPS細胞を作る方法よりもっと簡単に多能性幹細胞ができた、というだけの話なんですよ。 それは、素晴らしいのですけど、その後に、さっき言ったすべてをやっていかなければ、臨床応用はできないんですよ。 STAP細胞ができたら、難病がすぐ治るなんてのは、全くの幻想なんですね。 iPS細胞もそう思われたんですが、同じです。 


あと、多能性幹細胞は、夢の細胞ではなくて、DNA複製して分裂すれば、必ず突然変異が入ります。 で、iPS細胞の場合は、体細胞にたまっている突然変異を引き継いでいるリスクがあります。 で、初期化も不完全です。 だから、iPS細胞のリスクは、ES細胞よりずっと多いんですね。 でも、だから、ダメっていうんじゃなくて、選別が必要です。 それから、子どもをつくるなんて、もってのほかですよ。 ゲノムに、何百という突然変異が入っているはずの細胞から子どもを作るなんて、生命倫理以前の問題ですね。 



私は、写真の、こういう設備で培養していますが、(資料)たくさん作るため、こんな場所が必要です。 目の治療には10万個ぐらいの細胞で対応可能です。 ところが、糖尿病、心筋梗塞、肝不全、脊髄損傷は、多分10億個の細胞が必要なんですね。 それを作るために、普通の培養皿でなく、経済産業省のプロジェクトで、富士フイルムが熱心に参加してくれているんですが、10㍑とか100㍑のバイオリアクターで、こうやっていっぱい作って、コストを下げようとしております。 それから、心筋細胞に分化させて作るのに、普通だったら、サイトカインというタンパク質を数種類使うんですけど、これで、10の9乗の心筋細胞作るとすると、今のベストな方法では、一人分の分化誘導培地だけで1千万円。 これ、治療費全体では1億円にもなります。 それを、われわれは、化合物で分化誘導することで、今、100分の1の10万円にしていくというふうな研究をやっています。 一応、文句ばっかり言っているのではなく、文部科学省やJSTの研究費はもらえなかったので、自分の経験と能力を活かして経産省のプロジェクトで企業と一緒に、こういうことをやっています。 そういう中で、培養のためのデバイスとか、信頼性の高い世界ブランドのものを作る日本企業に正しい助言をして、世界に売れて、日本の産業界を強くし、貿易赤字の解消にも貢献したいと思っているのです


では、時間もきましたので、スピーチを終えます。 ご清聴有り難うございました。 





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